アイルランドには伝承(民話)や伝説により語られるたくさんの妖精たちがおり、「セルキー(Selkie)」もそのうちの一つです。
セルキーは、スコットランドやアイルランド、デンマークに伝わる妖精で、海の中ではアザラシとして生活し、陸では毛皮を脱いで人間の姿となると言われています。
アイルランドの映画では、この妖精・セルキーを題材にしたものがあり、ここでは『オンディーヌ 海辺の恋人』と『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』という2つ映画をもとに、セルキーをさらに詳しく探ってみたいと思います。
『オンディーヌ 海辺の恋人(Ondine)』
『オンディーヌ 海辺の恋人』は2009年公開の映画で、『マイケル・コリンズ』や『プルートで朝食を』を手掛けたニール・ジョーダン監督の作品です。
アイルランドの海辺の景色がとても美しい作品で、グレーとグリーンの配色が物語の前半の静けさを演出しています。
何度か映る灯台を頼りにロケ地を探ると、灯台はRoancarrigmor Islandという無人島にあるもののようで、コークの南端のエリアが舞台となっているようです。
『オンディーヌ 海辺の恋人』のあらすじ
漁師のシラキュースは、ある日、漁師網に若い女性がかかっているのを見つけ、その女性を匿うことになります。
オンディーヌと名乗るその女性の存在を知ったシラキュースの娘・アニーは、オンディーヌはセルキーではないかと言い始め、物語はおとぎ話のように進んでいきます。(そして、後半は思わぬ展開に・・。)
ベースはセルキーの話に寄せてありますが、タイトルにもなっている「オンディーヌ」は水を司る精霊の名前で、映画はオンディーヌにまつわる部分とセルキーにまつわる部分が混ざり合っているようです。
アニーが語るセルキー
オンディーヌが海で歌うという話を父・シラキュースから聞いたアニーは、セルキーは海では歌ってコミュニケーションを取ると言います。
さらに、セルキーやアザラシに関連する本を読み漁ったアニーは、オンディーヌと対面しアザラシの毛皮(セルキーコート)を持っているのではないかと尋ねます。
そして、アザラシの毛皮を地面に埋めると、7年陸で暮らすことができ、その間に7つの涙を流すと思わぬ幸せが待っているとも伝えます。
アニーが伝えるところによると、セルキーが陸にいることはセルキーにとって良いことのように聞こえますが、神話や伝説で言い伝えられるセルキーの話では、「本当は海に帰りたくても毛皮を隠されてしまうと海に帰れない」と言ったニュアンスを伝えるものが多いようです。
海を恋しがるセルキーは、毛皮を見つけると海に帰ってしまうとされています。
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた(Song of the Sea)』
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は2014年公開のアニメーション映画です。
アイルランドのアニメーションスタジオ カートゥーン・サルーンの作品で、『ブレンダンとケルズの秘密』『ウルフウォーカー』と並ぶケルト3部作の一つとされています。
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のあらすじ
生まれつき話すことができないシアーシャは、ある日、お父さんが隠していた不思議なコートを見つけると、アザラシに変身し、アザラシの群れと共に海を泳ぎ回ります。
その後、おばあちゃんに連れられ、シアーシャとその兄・ベンは海のそばの家を離れることになります。
どうにかして海のそばの家に帰ろうとするシアーシャとベンですが、道中、妖精と出会い、シアーシャはみんなのために歌うよう頼まれ、フクロウたちに追われることになります・・。
ベンの部屋のベッドに、アイルランド語でドニゴール(DÚN NA NGALL)とあり、手描きの地図にベンバルベンという山があるので、シアーシャたちの家はアイルランド北西部・ドニゴール周辺の島にあるようです。
モリー・マローンの銅像など描かれているので、おばあちゃんの家があるのはダブリンということになります。
シアーシャや妖精たちが語るセルキー
物語冒頭、まだ小さいベンが「セルキーは歌を歌い、水の中ではアザラシになる」と壁に描いた絵を使って、父・コナーに話すシーンがありますが、物語が進むにつれ以下のようなことも描き出されていきます。
- 白いコート(毛皮)を着るとアザラシになる(コートはお父さんが隠し持っていた)
- 巻貝の笛を吹くと不思議な光が集まってくる
- セルキーが歌えば石の魔法が解ける
- セルキーコートがないと声が出ない(+ 歌が歌えないと死んでしまう)
セルキーコートや歌は伝説として語り継がれるセルキーの特徴ですが、映画ではオリジナルの設定も多く組み込まれているようです。
ディナシーやシャナキー、マカやマクリルなど、他の妖精やケルト神話の神も登場していますが、それぞれの関係性もオリジナルが多く入っていると思われます。
マカはケルト神話のマッハに由来しているようですし、マクリルもアイルランドの伝説上の人物マナナーン・マクリールに由来しているはずです。映画で二人は親子として描かれますが、伝承では、二人は別々に語られる存在です。
映画オリジナルの設定も多くありますが、『オンディーヌ』でセルキーは陸にいてもいい者として語られた一方で、『ソング・オブ・ザ・シー』では、セルキーは海に住むべき者といった感じに描かれており、セルキーの「居場所」に関する描写については『ソング・オブ・ザ・シー』の方がより伝承で語られるセルキー像に近いようです。
セルキーのその他の特徴
『オンディーヌ 海辺の恋人』と『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に登場するのはどちらも女性のセルキーですが、男性のセルキーもいます。
容姿端麗とされる男性のセルキーは、人生に不満を抱える女性に言い寄るのだとか。
男性のセルキーに会いたければ、人間の女性が海に七滴の涙を落とさなければならないとも言われており、これも『オンディーヌ』のセルキーの特徴に影響を与えている部分であるようです。
冒頭でも述べた通り、セルキーはアイルランドだけでなく、スコットランドやデンマーク、アイスランドにも伝わるものなので、地域ごとに異なる特徴もあるはずです。
映画の中だけでなく、伝承で語り継がれるセルキーを追えば、もっと興味深い世界が広がっているかもしれません。
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