『プルートで朝食を(原題:Breakfast on Pluto)』は、2005年公開のアイルランド・イギリス合作映画です。
映画は、『ブッチャー・ボーイ』の原作者でもあるパトリック・マッケイブの同名小説を元に作られ、『マイケル・コリンズ』や『オンディーヌ 海辺の恋人』も手掛けたニール・ジョーダンが監督を務めました。
ここでは、映画を観てさらに細部を深掘りしたくなったたびわ(@tabi_wa)が、北アイルランドの事情などにも触れながら、映画を見るためのポイントをまとめたいと思います。
『プルートで朝食を』
映画は「Sugar Baby Love」という曲と共に始まり、なんとも明るい雰囲気ですが、なかなかに波乱万丈な展開で、北アイルランドを取り巻く紛争問題を知らないと、物語の展開がわかりづらく感じるところもあるかもしれません。
『プルートで朝食を』のあらすじ
親に捨てられ、養子として育てられたパトリックは、男の子でありながら、子どもの頃から可愛らしい洋服やお化粧に興味があり、学校でも叱られてばかり・・。
やがて友人の死や大失恋も経験したパトリックは、実の母を探しにアイルランドの田舎を離れイギリスに渡ります。
北アイルランド問題が深刻化していた激動の時代、トランスジェンダーというアイデンティティを抱えながら、パトリックは愛を求め、そして、自分の道を進み続けていきます・・
映画に登場する北アイルランド問題
劇中には、「北の事件」の話や、爆弾テロなど、悲惨な事件に関する話題が頻繁に登場します。
パトリックの子供時代のごっこ遊びでは、アイルランド国旗を身にまとって戦争遊びのようなことをしていたり、パトリックの親友チャーリーの旦那となるアーウィンも政治運動にのめり込んでいたりと、物語の節々に歴史を感じる場面も登場していたりもします。
北アイルランド問題

北アイルランド問題については、実のところ、ここでさらっと解説できるほどシンプルな話ではありません・・。
ごく粗い説明をすると、アイルランド島では元々カトリック信仰が根強くありましたが、ヘンリー8世による移住政策により、イングランドから多くのプロテスタントがアイルランド北東部へ流れ込んで来たことで、宗教対立が生まれてしまったというのが背景にあります。
今でも北アイルランドには、街の至る所にプロテスタント地区とカトリック地区を隔てる壁があります。
1972年 血の日曜日事件
宗教対立の激しかった1972年1月30日(日)、ロンドンデリー(デリー)でデモ行進していたカトリック系住民27人がイギリス軍によって銃撃され、14人が死亡、13人が負傷という事件が起こりました。
『プルートで朝食を』では、テレビでの事件報道やバンドメンバーの車内での会話など、ところどころで「北の住民が殺された」件が話題にあがりますが、これは史実に基づいた話になります。

史実では、事件で「14人死亡」となりますが、劇中では「13人が死んだ」とセリフに出てきます。
これは、負傷者の一人がのちに死亡となった事実を反映しているものと思われ、時系列的にも正しいセリフ回しとなっているようです。
ちなみに、このデリーでの事件よりも前、1920年にも「血の日曜日事件」と呼ばれる出来事がありましたが、こちらはアイルランドの首都・ダブリンで起こった事件のことを指します。
>> 詳しくはこちら:アイルランド歴史映画『マイケル・コリンズ』でダブリンを巡る
繰り返される爆弾テロ
『プルートで朝食を』が置かれている時代は、北アイルランド紛争が激化し、爆弾テロが頻発していた時代です。
パトリックと仲の良かった友人ローレンスも、車に仕掛けられた爆弾を処理中のところに近づいてしまったことで死んでしまいました・・。
のちにパトリックはロンドンでの爆破事件に巻き込まれることになりますが、その夜現場が混んでいたのは「アルスターから戻ってきた兵たちで賑わっているから」といった話も聞かされます。
アルスターとは、アイルランド島北東部のこと。イギリス軍に反発したアイルランド人の仕業による爆破ということで、アイルランド人が爆弾犯として疑われたというのは自然な流れとなるわけです。

ちなみに、パトリックの高校時代の先生が「イースター蜂起を題材に物語を書いてもいい」といって学生たちに課題を出す場面があります。
北アイルランド問題とはまた少し違う歴史事項になりますが、このイースター蜂起もアイルランドとイギリスの歴史を見る上で重要な出来事です。
>> 詳しくはこちら:アイルランド歴史映画『マイケル・コリンズ』でダブリンを巡る
アイルランドの妊娠中絶問題
物語の中で深く背景が語られることはないですが、パトリックの親友チャーリーが子供を堕しにロンドンまでやってきたというところにも歴史的事実が隠されています。
アイルランドはキリスト教の中でも特に厳格なカトリック教徒が多くを占めることもあり、中絶に否定的でした。
人工妊娠中絶を禁じる憲法条項完全撤廃があったのはつい最近の2018年のことです。
このため、2018年に至るまでは、中絶をするためにイギリスに渡っていたということもあったようで、チャーリーも同様の理由でイギリスまではるばるやってきたということになります。
『プルートで朝食を』の世界観

起こった出来事を整理すれば、パトリックの人生は散々なものです。
- 神父と若い家政婦の間にできた子ども(捨てられ母とは離れ離れ)
- 義母・義姉にはひどいことを言われて育つ
- 大切な友人を爆弾で亡くす
- 愛した人の手配でテロリストの基地となっているトレーラーに匿われる
- ゲイ嫌い?なおじさんに殺されかける
- 爆弾犯にされる
- クリスマスイブに放火される
・・普通に考えたら悲惨なことだらけ。
なのに、小鳥が話しだしたり、妄想シーンが入り込んだり、それぞれシーン別にタイトルがついていたりと、全体におとぎ話のような雰囲気を漂わせているため、なんだか重みが吹き飛んでるように見えてくるようです。
これこそ原作の作者パトリック・マッケイブらしい世界の描き方です。
だからこそ、Co-opのピープショーの仕事に就いたパトリックと神父の対話がとても悲しく、切なく響くのでしょう。
キャストのこと
とにかく多くの人との出会いと別れを経験するパトリック。
パトリックもそうですが、登場人物たちはアイルランドの有名俳優によって演じられています。
キリアン・マーフィー
主役のパトリック(キトゥン)を演じたのはBBCドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』でも主役を演じたキリアン・マーフィー。アイルランド・コーク出身の俳優です。
男らしい役柄のイメージが強いキリアンの女装姿や、高い声、上目遣いは結構衝撃的でしたが、映画に見入るほどに、キリアンがパトリックという人物にしか見えなくなるという変貌ぶり。
映画のポスターなどにも写真が多く使われているコープに入ってからの姿はとりわけ可愛い!!
化ける俳優であることを知り、なおさらキリアン・マーフィーファンとなりました。
アイルランドな俳優陣
他にも、リーアム神父として登場するのはリーアム・ニーソン。北アイルランド生まれの俳優で、『ナルニア国物語』の映画でアスランの声も担当しています。
マジシャン役で登場するのはスティーブン・レイ、着ぐるみ仕事のジョン・ジョーを演じたのは、ブレンダン・グリーソンで、この3人は同じくニール・ジョーダン監督作品の『マイケル・コリンズ』でも共演しています。
なんと、この映画では原作者のパトリック・マッケイブも学校の先生役で出演していたりします!(彼が俳優業をやっているという情報を見かけたことがなかったのでびっくりです!)
さらに探りたい『プルートで朝食を』のこと
物語に出てくる地名や名前なども少しメモ程度にまとめておきます。
- キャバン州(County Cavan):パトリックが生まれ育った場所。
→ 出身地については Tyreelin(タイリーリン)という地名も出していますが、地図で見つけられず。地名は架空のものなのかもしれません。

映画冒頭で説明のあった通り、国境付近、アイルランド側の地域になります。
- ミッツィ・ゲイナー:パトリックの母が似ているということで度々名前が登場。主にミュージカル映画で活躍したアメリカの女優のようです。
- ドルイドと「プルートで朝食」:パトリックたちが出会ったギャングたちは、時空連続体の話をし、ドルイドや時空の旅、プルートでの朝食の話をします。
ドルイドは古代のケルト人の中でも社会階級が高く、魔力も持ち合わせている存在とされていた人たちです。ギャングたちの話はパトリックにも強く影響を与えるようですが、空想感が強く、異質な感じがします。 - マジシャンのバーティ・ヴォーン:バーティはパトリックに愛を告白しますが、果たしてそれは本当に愛だったのか、ショーでの金儲けのためだったのでしょうか・・?その後彼が登場しないということは、後者ということでしょうね・・。
- That Doggie in the Window?:での仕事中、パトリックが犬の歌を歌うと、客から「Waggley(振った)じゃない、Waggedy(曲がった)だ」と指摘されるシーンがあります。
物語の最後に神父さんにこの歌詞を確認するセリフがありますが、個人的にはこの意図がうまく掴めず・・(父親である神父のことは信じるといった心情描写で、ここでも「愛」を表現しているのかもしれませんね・・)
『プルートで朝食を』の考察・感想
ずっとぷかぷかと浮くように母の影を探すパトリックでしたが、最後の最後のシーンでのもう一人のパトリックとの再会や、うまい具合に二手に分かれて歩んでいく登場人物たちを見て、パトリックもちゃんと必要なものを見つけられたのだろうという安堵感があります。
まだきっと問題はあるのでしょうが、なんでもかんでも綺麗事で終わらせず、その後の物語も想像させるエンディングに好感が持てました。
原作の方もいつかじっくり読んでみたい作品です。
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