イギリスやアイルランドで婉曲的に「The Troubles」と呼ばれる北アイルランド問題。
1960年代〜1990年代(見解によっては2000年代まで)の出来事とされていますが、根は深く、紛争の背景を探り歴史をたどれば、1910年代の出来事まで遡ることもできます。(さらにたどれば、イングランドから多くの人をアイルランドに移住させたヘンリー8世の統治の時代(1540年代)まで遡ることもできます…)
政治や宗教など多くのことが絡み合っており、北アイルランドの紛争の歴史は決して簡単なものではないのですが、本記事では、北アイルランドの歴史を大まかな流れでたどりながら、その背景を描いた映画を紹介します。
北アイルランド問題を理解するための知識
まずは、アイルランド島が分断されてしまった背景と、それにより起こった対立の歴史をざっと見ていきます。
アイルランド島の分断の背景
そもそもアイルランド島が南北に分けられた背景には、以下のような流れがあります。
- 1801年イギリスがアイルランドを併合
- 1900年代〜アイルランド共和国の独立を求める動きが高まる
1916年のイースター蜂起をはじめ、独立のための戦争が激化
- 1920年アイルランド統治法の制定
1920年のアイルランド統治法によって枠組みが定められ、1921年以降、アイルランド島は北アイルランド(=イギリス)と南アイルランド(=のちのアイルランド共和国)に分断されました。
そして、この分断が新たな対立を生むことになったのです。

1916年のイースター蜂起からアイルランド島分断までの背景をさらに詳しく見たい方には映画『マイケル・コリンズ』がおすすめです。
北アイルランドでの対立構造
もともとアイルランド島は、キリスト教の宗派の1つである「カトリック」を信仰する人が多い地域でした。
しかし、イギリスによる支配が進むなかで、「プロテスタント」の入植者が北アイルランドに多く移り住み、次第に北ではプロテスタントが多数派、カトリックが少数派となっていきます。
そこにアイルランド島の分断が起こり、宗教的な対立とアイルランド島の南北統一に賛成・反対する動きが複雑に絡み合ったことで、北アイルランドでは紛争が激化することになるのです。
「リパブリカン」や「IRA」といったグループは、そうしたなかで生まれたものでした。
すべての人がプロテスタントかカトリックかで対立していたわけではなく、みなそれぞれ考えがあったはずですが、少し乱暴な分け方をすると、各グループは以下のように分類できます。
アイルランド島の南北統一を求めるグループ
- カトリック(※傾向として多い)
- ナショナリスト
- リパブリカン
- IRA(アイルランド共和軍)
アイルランド島の南北統一に反対するグループ
- プロテスタント(※傾向として多い)
- ユニオニスト
- ロイヤリスト
- UVF(アルスター義勇軍)
北アイルランドの紛争には、宗教的信念や政治的な立場、そしてそれぞれの愛国心など、さまざまな思いが複雑に絡み合っています。
北アイルランド問題を年表と映画で追う
北アイルランド問題の背景を見てきたところで、1960年代〜1990年代の歴史を追うとともに、関連する映画を紹介します。
1960年代
- 1960年代後半北アイルランド内で多数派のプロテスタントと少数派のカトリックが対立
過激派によるテロなど、暴動が次々と起こっていく
「北アイルランド問題」が表面化したのは、1960年代後半のことです。武装闘争が展開され、テロ行為が実行されるようになりました。
1969年のベルファストが舞台の映画|『ベルファスト(Belfast)』
映画『ベルファスト』では、1969年の北アイルランド・ベルファストを舞台に、カトリックとプロテスタントの抗争が激しくなり始めた頃に生きる少年と、その家族が描かれます。
全編モノクロの映画で、紛争を背景に描くため重い映画のように見えますが、笑いを誘うシーンもあり、比較的見やすい作品といえます。
少年の無邪気さがあるからこそ、紛争について考えさせられる作品です。
1970年代
1970年代に入ると、テロ活動も激化。1972年には「血の日曜日」や「血の金曜日」と呼ばれる事件も起こってしまいます。
- 1972年1月血の日曜日事件
北アイルランド・デリーでデモ行進中の市民が英陸軍に銃撃された事件(死者14名が死亡(うち1名は事件の数カ月後に死亡)、負傷者13名)
- 1972年7月血の金曜日事件
IRA暫定派によるテロ事件(死者9名、負傷者130名)
- 1972年以降ベルファスト、デリー、ダブリン、モナハン、デリーなどで爆弾テロ
爆弾テロを背景に主人公の葛藤を描く映画|『プルートで朝食を(Breakfast on Pluto)』
『プルートで朝食を』は、1970年代、北アイルランド問題が深刻化する中、トランスジェンダーであるパトリックの人生を描いた作品です。
政治運動にのめり込む友人が登場するほか、爆弾で友人を失ったり、爆弾テロに巻き込まれたりと、北アイルランド問題の時代背景を反映する内容が多く登場します。
「血の日曜日事件」についてのセリフも度々登場します。
1970年代の実話をもとにした音楽映画|『グッド・ヴァイブレーションズ(Good Vibrations)』
1970年代、アイルランド・ベルファストを舞台に、音楽に生きたレコード店店主テリー・フーリーの実話を映画にしたのが『グッド・ヴァイブレーションズ』です。
この映画は、1975年に実際に起きた、アイルランドの人気バンド「マイアミ・ショウバンド」のメンバーが過激派に殺害された事件を背景に描かれています。
事件の影響でベルファストにツアーにやってくるバンドがほとんどなく、音楽産業が行き詰まっているなか、いい音楽を広めようとするテリー・フーリーの奮闘ぶりが描かれます。
ある種サクセスストーリーでもありますが、映画最後のクレジットまでしっかり読む必要があります。(オチとしては結構好きでした 笑)
Netflixの音楽ドキュメンタリー|『リマスター: マイアミ・ショウバンド(ReMastered: The Miami Showband Massacre)』|
Netflixの音楽ドキュメンタリー「リマスター」の『リマスター: マイアミ・ショウバンド』では、マイアミ・ショウバンドのメンバー3人が爆弾により殺害された事件について詳しく見られます。
事件は当初、北アイルランドの英国統一化を目指すUVF(アルスター義勇軍)による犯行と考えられていましたが、実際にはより政治的な動機が絡んでいたという衝撃的な事実が明らかにされていきます。
字幕がちょっと変だったり、わかりづらいところもあったりしますが、より深くまで知りたい方にはおすすめです。
血の日曜日事件を描く映画|『ブラディ・サンデー(Bloody Sunday)』
日本では視聴が難しそうですが、血の日曜日事件を扱う2002年公開の『ブラディ・サンデー』という映画もあります。
1990年代〜現在
1990年代に入り、EUの発足で経済統合が進み、和平に向けた動きも大きくなりました。
1998年のベルファスト合意を経て、現在は平穏が保たれることとなっています。
- 1998年ベルファスト合意(Good Friday Agreement)
和平合意が成立し、北アイルランドとアイルランドの間に置かれていた検問所も撤廃
- 2020年イギリスがEUを脱退(Brexit)
ただし、宗教間での争いが完全になくなったわけではなく、今もベルファストの街には「ピースウォール(平和の壁)」と呼ばれる両者を隔てる壁があり、今もなお一部の武装組織が若者の勧誘を続けています。
ベルファストの哲学の授業を取り上げたドキュメンタリー映画|『ぼくたちの哲学教室(Young Plato)』
和平合意に至ってから二十数年。ベルファストの小学校で行われる哲学の授業を取り上げたドキュメンタリー映画が『ぼくたちの哲学教室』です。
今も残る「ピースウォール」と、歴史に刻まれた北アイルランド問題を背景に、ケヴィン校長の哲学の授業が展開されます。
子どもの素直な感情表現に度々涙目にさせられつつ、考えることの価値や対話の意味を改めて認識させられた映画でした。ぜひ観てほしいです。
アイルランド語で勝負するヒップホップトリオの半自伝映画|『KNEECAP/ニーキャップ』
『KNEECAP/ニーキャップ』は北アイルランド出身のヒップホップトリオ「KNEECAP」の半自伝的映画です。
アイルランド語と自分たちのアイデンティティのため、アイルランド語のラップで表現し続けるKNEECAPをコミカルに描く作品です。
北アイルランドの歴史がベースになる映画ですが、歴史が絡む複雑さはほとんどなく、本人たちが本人役をナチュラルに演じ、ユーモアたっぷりにテンポよく物語が進みます。
過激な表現が多く、ヒヤヒヤするシーンもありますが、セリフの端々に彼らの信念や価値観を感じられる作品です。
北アイルランド問題はわかりやすくない…けど、わかろうとしてみたい

北アイルランド問題には歴史や宗教、政治、国境など、多くのものが絡み合っていて、簡単に理解できるものではないかもしれません。
とはいえ、北アイルランドに興味を持って映画や本を見てみれば、そこには背景として紛争の歴史が組み込まれているものが多くあり、今も現地の人に影響を与えているものであることがわかります。
他国の問題にあれこれ口を出す必要はないし、わからないことも多いかもしれないけれど、わかろうとすることは大事な気がします。
完璧に理解することはできなくても、ここで紹介した映画も参考に、その世界をのぞいてみてください。
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