アイルランド系移民である女性の思いを描く映画『ブルックリン』は、ファッションや色づかいを深掘ってみると様々な考察ができるおもしろい作品です。
ここでは、色に関しての考察をまとめるとともに、たびわ(@tabi_wa)のアイルランド好きを発揮して、ちょっと深掘った映画情報をまとめていきます。
※ネタバレを含む記事です。
映画『ブルックリン』
『ブルックリン』は2015年公開で、アカデミー賞3部門(作品賞、主演女優賞、脚色賞)にノミネートされた映画です。
映画は、1950年代、アイルランドからアメリカへ渡ったエイリシュという女性の成長を描きます。
エイリシュを演じるのは、アイルランドの俳優シアーシャ・ローナン。同じくアイルランド出身のドーナル・グリーソンも物語のキーパーソンとして登場します。
『ブルックリン』のファッションと色の心理
『ブルックリン』は舞台が1950年代ということもあり、レトロなファッションがかわいいのですが、そのファッションの色づかいに心の内側が代弁されているような印象です。
緑色
『ブルックリン』を観てかなり印象に残ったのが、主人公・エイリシュの鮮やかなグリーンコート。
周りに映り込む人が茶色やベージュ、淡い色を着ているため、余計に緑色のコートが目立つシーンが多くあります。
緑色を身につけていたり、緑のアイテムが登場するシーンを挙げれば長いリストになりますが、それらシーンでの印象をキーワードで書き出してみました。
鬱屈
蔑み
うわさ話
おせっかい
宗教的閉塞
内の悲しみ
葛藤
人によって感じ方は様々だと思いますが、こういうネガティブな印象を感じさせるシーンに緑が多く使われているようです。
映画冒頭から、エイリシュがアメリカに渡りホームシックになるまで、濃い緑や薄い緑、ターコイズカラーの服が登場することになります。お店の外観や内装、家具など、緑のアイテム探しをすると、さらにエイリシュの内面が見えてくるようです。
赤色
鮮やかな赤色も何度か登場します。
アメリカ行きの船で出会った女性が赤色のコートを着ていたように、赤のイメージには以下のようなものがあるのかもしれません。
- 優しさやユーモアもあるたくましさ
- ホームシックからの回復(アメリカに馴染んだ者)
アメリカの新しい職場で、彼氏と『静かなる男』を観に行ったと声を掛けてきた同僚と思しき人も赤のコートを着ていました。(赤いコートの下には黄色の服を着ていたのも印象的。)
また、ホームシックになったエイリシュが、クリスマスの慈善パーティーでアイルランドコミュニティに触れた夜の帰り道では、赤いコートを着ています。エイリシュはトニーと出会ってからは、緑のコートは着ずに、赤のコートを着るようになります。
青色
『ブルックリン』の中で青は「スタート」の色であるように感じました。
- アメリカの入国管理局を無事通過し、青い扉からアメリカに入国
- トニーからロングアイルランドで暮らそうと言われた時、エイリシュの服は青色コーデ
- 姉の元職場での仕事を任された時にエイリシュが着ていたのは薄い青色のワンピース
- アイルランドからNYに戻る前日に入った姉・ローズの部屋の壁紙は薄い青色
何か新しいことが始まろうとする時、『ブルックリン』では青や水色がキーカラーになっている印象です。
黄色
トニーの愛を受け入れると、エイリシュは黄色の服も着るようになります。画角も広くなり、エイリシュの視覚を借りて空を見上げるようなシーンも入ってきます。
これ以降また緑の服も身につけるようになり、この時点から緑色は「アイルランド人としてのアイデンティティ」「エイリシュの自分らしさ」という意味を持つようになっているのかもしれません。
オレンジ色も象徴する?
結婚の時と再びアイルランドに戻る時、エイリシュはオレンジ色の服を身に纏います。オレンジも、もしかすると『ブルックリン』の中では、転換期の色として使われているのかもしれません。
白色
色物の服を身に纏ってきたエイリシュが2度白色の服を着るシーンがあります。(上が白で、下は紺のスカートという格好の時です。)
1度目は、アメリカから帰国後、なんとなくこのままアイルランドに残ってしまいそうな雰囲気がある中、姉の墓の花を取り替えるシーン。この時、エイリシュの表情は浮かず、音楽も悲しげです。
2度目は、嫌味たらしい用品店の店主・ケリーとの対話のシーンです。ここでエイリシュが初めてケリーに応戦して言い返すことができ、その後すぐアメリカに戻る船を予約することになります。
2度目に白を着たときは、自分の結婚後の名前を名乗るシーンもあり、まるで花嫁が白いドレスを着る感覚のような、古いものを捨て、新たな生活へと向かっていくための意志の象徴であるような色づかいに見えました。
この他にも、ビーチに行く時は、この映画のポスターにも使われている服装と同じく、プリーツスカートとターコイズのカーディンガンの組み合わせをするなど、シーン別に定まった格好があります。ファッションとその色に注目すると、語れることは結構多そうです。
『ブルックリン』深掘り解説
色の考察をしてみたので、ここからは、少しオタクぶりを発揮して、さらに細かな(≒マニアックな)解説をしてみようと思います。
『ブルックリン』はいつの映画?
冒頭の映画の説明でも、この映画の時代設定は「1950年代」と書きました。
映画の解説記事などを読み漁れば出てくる情報ですが、映画の中では文字で年代を知らせたり、セリフの中ではっきりと年代を言うものはありません。でも、ある会話の中で、この映画が「1952年」あたりのことを描いているとわかる部分があります。
エイリシュの渡米後間もなく、寮でみんなとの最初の食事のシーンで、ダイアナが手紙に書かれていた内容として「政治家のデ・ヴァレラがオランダで眼の手術をした」ということを話題にします。
アイルランドの歴史映画『マイケル・コリンズ』なんかを観た人ならピンとくるかもしれない、このデ・ヴァレラとは、アイルランド共和国第3代大統領を務めたエイモン・デ・ヴァレラのことです。
オタクぶりを発揮して、このデ・ヴァレラがオランダで眼の手術をした年を調べると1952年でした。
ちなみに、映画『静かなる男』の話が出たり、デートで『雨に唄えば』を観に行くシーンもありますが、調べてみたらどちらの映画も公開は1952年でした。
どうやら『ブルックリン』は1952年〜1953年あたりのことを描いている映画のようです。
『ブルックリン』の舞台はどこ?
映画の舞台はアイルランドとアメリカですが、ここではもう少しマニアックに映画の舞台を深掘りします。
エイリシュの故郷
エイリシュの出身地を知るには、2つのセリフの中に答えがあります。
- 渡米前に友達のナンシーにエイリシュが言う「あなたはウェックスフォードで一番かわいい」
- 結婚のため市庁舎に出向いたときにトニーが見ず知らずの人に言う「エニスコーシーの出身」
もはやトニーがドンピシャで答えを言っている通り、エイリシュの故郷は、ウェックスフォード州のエニスコーシーです。
ちなみに、エイリシュが急いでアメリカ行きの船を予約した時、「コーヴからニューヨークへの船を」と言っていますが、コーヴ(Cobh)はタイタニック号が最後に立ち寄った港町です。
『ブルックリン』のロケ地は?
MovieMapsという、映画のロケ地を検索できるサイトも参考にすると、アメリカから帰国したエイリシュ達が行ったビーチはカラクロー・ビーチ(Curracloe Beach)のようです。
あとはもちろん、ニューヨーク・ブルックリンもロケ地です。
『ブルックリン』のアイルランド要素は?
アイルランドからアメリカに渡る女性の物語である『ブルックリン』は、アイルランド→アメリカ→アイルランド→アメリカと舞台を移しながら展開していきます。
物語最初のアイルランドでは画角が狭く(背景や風景はあまり映らず)、あまりアイルランドらしさを感じませんが、エイリシュがアメリカに渡ってから、多くのシーンで「アイルランドらしい」ものが登場することになります。
アイリッシュ音楽
クリスマスの慈善パーティーや、ダンスで流れてくるのはアイルランドの音楽。フランキーという人が歌うアカペラなんかもとても哀愁が漂い、アメリカの中でアイルランドを深く感じるシーンになっています。
シャムロック
エイリシュがトニーと出会うことになったダンス会場では、シャムロック(三つ葉)のデコレーションがあり、いかにも「アイルランド」という感じです。
『ブルックリン』をもう一度見るなら?
映画を初めて観た時、とても印象に残ったエイリシュの鮮やかなグリーンコート。鮮やかさが際立つが故に、色でこの映画の深掘りをしてみたくなりました。
貧しさもあり、エイリシュの手持ちの服は多くはなく、着回しコーデという感じで同じ服が場面を変え登場しますが、だからこそ、そのシーンでその服を着ている意味が気になってきます。
ホームシックを乗り越え、たくましく成長したエイリシュを応援しながら見ていたのに、トニーを差し置いてジムといい感じになってしまった時は「何やってんだよ、エイリシュ!」と思わずにはいられない展開ではありましたが、どうにか立て直してくれてホッとしています。(でも、こういう周りに流されちゃうところも人間らしいところなんですよね、きっと。)
まだまだファッションカラーと心の動きについては言えそうなこともありそうですが、アイルランドのシンボルカラーであるグリーンやその他の色彩が、映画の中でどう使われているのか、確かめるためにもう一度映画を見てみてはいかがでしょう?
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